唐突イタリアン
昼食後の授業というのは何歳になっても気怠いものだ。それが苦手意識のある科目であればなおさらのことである。
七度の再履修を経て前期に中国語初級を見事踏破した僕は、中国語中級の授業に臨んでいた。これまた本来であれば三年前には取り終わっているはずの科目で、当然周りは若者だらけなものだから、僕なんかは流行りの柄の服を身に纏い、髪もいつも以上に念入りに手入れするなどして、カメレオンのごとく教室に紛れ込むことに必死なわけである。
さて、先生はといえば、初級の内容を逐一復習してくれるありがたい人であるのだが、それが裏目に出たというか、まったく今日はすさまじい爆弾を投下してくれたものだ。
中国語で「A 和 B 相同」と言うと「AとBは同じである」という意味になる。たとえば、「我的手表和你的相同」と言えば、「私の腕時計はあなたのものと同じである」みたいに訳せるわけだ。
「とまあこんな感じに訳せるんですが、ちなみに同じ意味で別の言い方をみなさんは一回生のときにやってますねえ」
爆弾先生のスーパー復習タイムが始まった。残念ながら再履修マスターであるところの僕がその別の言い方を習ったのは四回生のときなのだが、そこはまあどうでもいい。話を続けてくれ。
「ええこれ、一样で置き換えられますねこれ。相同が文語的で一样が口語的って違いはあるんですが、まあ会話文なんでね、特に文語にこだわることもないかなと」
ちなみにこの一样という漢字、現地の人っぽく読むとイイヤンになる。豆知識である。豆知識というか先生も実際にイイヤンと読んでいる。僕らもイイヤンと読む。そのことを踏まえてこの後の出来事を聞いてほしい。
爆弾先生の事故的な爆弾発言、正確には、爆発寸前で投下を免れたのだけれど、そのどうしようもなく微妙な発言を僕は聞き逃さなかった。
「というかこれね、わざと文語っぽく文をつくってるんですが、実際の会話では一样でいいy......あっ、ええ、一样で置き換えて問題ないかと思います」
!!???!??!!!????
一样でいいy!?????
絶対言いかけた!!!
絶対今「イイヤンでいいやん」って言いかけた!!!
言いかけたけど「イイヤンでいいやん」ってなんかダジャレっぽくなっちゃうことに比較的早い段階で気づいてしまっていやでもそんなのキャラじゃないからって得も言われぬ気持ちになって「イイヤンでいいや」くらいまで言って言い淀んだ!!!!!!
予期せぬ発言に完全に集中力を失ったカメレオンは、その後の文法の説明にも「いやでもそれイイヤンでいいやん、ってやかましいわ!!!」などとわけのわからないツッコミを心の中でし続けているうちに、笑いのツボが加速度的におかしくなっていく。
ちなみにこの一样、「不一样」と形を変えると「違う」という意味になる。ただそれだけの話だというのに、真顔で不一样と発音する爆弾先生に僕の狂ったツボは完全に臨界点を超えてしまったのだ。
「ブーイイヤン」
「ブッフォンwwwwwwwww」
さっきまで完璧に擬態していたはずのカメレオンの、変にこらえようとしたせいで出たよくわからない笑い声が教室中に響き渡る。視線が痛い。刹那の静寂の後、何事もなかったかのように授業は進んでいった。
「イイヤンでいいやん」がツボに入っていたことなど周囲の人間が知る由もなく、かくして「授業中に突然奇妙な笑い声をあげながらイタリアのゴールキーパーの名前を叫ぶ人」というレッテルを貼られることとなった僕の、地獄のような半年間が幕を開けたのであった。
ちなみにカメレオンの肌の色の変化は、感情の変化が原因だったり体温調節が目的だったり、擬態をしているわけではないのだとか。カメレオンになりきってしまったが最後、僕なんかがフレッシュ大学生に擬態するなんてのは不可能だったというわけだ。
とほほ。