ぶりぶりセンセーション

教室の外では年甲斐もなくはしゃぐ声がぽつぽつと聞こえ始めている。もうすぐ、もうすぐだ。初回の授業だから早めに終わるだろうと高を括って油断していた。まさか90分がっつり授業をするなんてね。

 

想定外の事態でも僕の計画は常に完璧である。あと数分もすれば授業が終わるだろう。そうしたら、まずは右腕をリュックに通す。そのまま立ち上がり走りながら左腕もリュックへ。最短経路で教室を出たら華麗なステップで廊下を左折。そこに見える目的地は......。

 

僕は今猛烈な便意と戦っている。

 

中秋の名月なんていう楽しそうな響きに乗せられたきのうの僕は、すっかり暴飲暴食の権化となっていた。空腹状態と満腹でない状態の区別がつかなくなり、次々と追加注文。その代償が今日のこれである。相変わらず先の事を考えられない僕の頭にはいい加減ちゃんと反省してほしいところだね。

 

「はい、じゃあ今日の講義はこれで終わりにします」

 

社会的な生存を賭けた決死のレースが密かに開幕した。右腕をリュックに通す。即座に立ち上がってダッシュ。反動で左腕にもするりと入るリュック。巨大な女子学生が立ちはだかり最短経路とまではいかなかったが、なかなかのタイムで教室を出る。順調だ。あとはこの廊下を左に曲がれば.......。

 

!!?

 

くそっ、こんなときに限って全部埋まってやがる!!!

 

完璧な計画が綻びを見せ始めた。二階に上がれば別のトイレはあるが階段を上がる衝撃に僕のアスタリスクは耐えられるだろうか。いや、無理だ。何か他に策はないか。すぐ出てくることに賭けてここで待つか、あるいは......。

 

赤色で人のシルエットが描かれた看板が目に入る。いやほら、緊急事態だし、いいかな......いやいや、それにしても今は人が多い。こんな大衆の中赤い少女にいざなわれるなど飛んで火に入る夏の虫である。

 

もう仕方がない。どうせ社会的に死ぬなら褐色にまみれて死んだ方がマシだ。すべての煩悩を振り払った一人の勇者が、生きる道を求めて夕暮れの階段を駆け上がっていく。

 

さて、事後談であるが、結論から言うと例の勇者はぎりぎりのところで生き長らえることができた。こういった話題からはしばらく離れると宣言したばかりである手前、報告しようかどうかかなり迷ったのだが、小さな冒険の話だと思って今日ばかりは許してほしい。明日からはきれいな話ができるといいな。